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2007年10月21日

柴田淳「もうふのなか」歌詞レビュー

「もうふのなか」


☆「カラフル」のカップリング曲である。

 恋愛が成就した後の女心を唄った、しばじゅんとしては新展開とも

 言える「カラフル」と違い、こちらは従来のしばじゅん節らしい

 作品と言われているが、さてどうだろうか?

 
楽しく平和に今日も演じて
 静かにひとりベッドに潜るの
 毛布の中は私の隠れ家
 ここだけ私になれる気がする


☆確かにいきなりしばじゅんワールド全開である。

 気怠いスローテンポのメロディーが重苦しいムードを醸し出す。

 ここでのキーワードは「演じて」であろう。

 一見「楽しく平和に」過ごしていると見えた自分の姿は

 実は演じているだけなのだとは、何とも内省的なしばじゅんらしい

 歌詞世界である。

 人間は物心ついた時から、多かれ少なかれ自分を演じているものだ。

 でなければ人間関係は成立しない。

 誰もが赤ちゃんのように素のままの自分をさらけ出していたら

 社会生活には適応出来ないのだ。

 しかし、だからこそ時には演じている自分を見つめ直し

 隠している本当の自分を取り戻したいという欲求にかられることが

 ある。

 そんな本当の自分を出すことの出来る場所が「もうふの中」。

 しばじゅんは自身の学生時代を唄ったのだと言うが、

 誰しも覚えのあるシチュエーションに違いない。

 
笑ってなきゃダメって
 誰が決めたのかな
 剥がれなくなった笑顔で
 もうなんだか疲れちゃった・・・


☆「女は愛嬌」などと言われるが、

 特に女性はニコニコ愛想良く笑っていることが美徳であるかの

 ように教育される。

 それが幼い頃は大人から、長じては男性からかわいがられるための

 方策であると割り切ってしまうならまだよいのだろう。

 まるで人間として当然のことであるかのように思わされる所に

 落とし穴がある。

 本当は笑うなんて気持ちじゃなくても、ムスッとしていたら

 自分には欠陥があるのではないかと恐れ、

 ついには「剥がれなくなった」人工的な笑顔が定着してしまう。

 それは自分らしさだの、本来の人間性だのとは無縁のものだ。

 こうして女性はニコニコ笑っている仮面の自分と、

 本当の自分との葛藤に苦しみながら美しく成長していくのだろう。

 
使えない涙 ほろり
 毛布の中溢れてしまうけど
 明日目が腫れてしまうから
 押し殺して眠るの


☆笑顔は多くの場合「不自然な」という形容詞がつくように

 必ずしも真実の感情を表すものではないのに対し、

 涙は多くの場合真実の感情に近いものだ。

 それなのに、人の世は「笑顔」ばかりがもてはやされ、

 涙は隠さなければいけないことが多い。

 このアンビバレンツに疲れた女性は、

 唯一本当の自分になり涙を流すことが出来るはずだった

 毛布の中でさえ、

 明日の「笑顔」を取り繕うために涙を押し殺さねばならない。

 何と切なくやりきれないことか。

 
何ひとつ本当の私じゃないのに
 みんなにとって私は明るい子
 嫌われたくないから
 ひとりは怖いから
 自分を隠して笑った
 でも私はどこにいるの?・・・


☆明るく振る舞っている私は「何ひとつ本当の私じゃない」

 とは何ともやりきれないネガティブな思考だ。

 恐らく言い過ぎと思われるこのフレーズはしかし、

 それだけ自分を隠し、我慢して明るく振る舞っているという証拠。

 じゃあ一体何のために明るく振る舞うのよ?

 答は「嫌われたくないから」「ひとりは怖いから」

 自分を押し殺してでもみんなと仲良くすべき、という

 日本的な強調を尊ぶ精神はしかし、

 人間性の喪失につながるものでもある。

 そうした「優しい」社会は、実は1人ひとりの人間性を踏みにじる

 危険性をはらんでいるのだ。

 たとえば学校での「いじめ」。

 一見生徒一人ひとりがお互いに優しくニコヤカに笑っているような

 クラスが実は「いじめ」の芽をはらんでいることが多い。

 確かに表面上、暴力的ないじめはないかも知れない。

 しかし「仲間外れ」「シカト」・・・

 こうした陰湿ないじめが協調性を過度に要求するクラスでは

 水面下で進行していることが多い。

 面白くなくても、泣きたいときでも、ニコニコ笑っているのが良い、

 とされる社会では、そうでない人間は排除される。

 それを恐れて、皆と同じように感情を殺してでも笑っていなければ

 ならないことの理不尽さと、人間性の喪失。

 この歌のテーマは、実に現代的な問題をはらんでいる。

 
使えない涙 ほろり
 毛布の中溺れてしまうけど
 明日目が腫れないように
 食い縛り眠らなきゃ


☆毛布の中、自分1人の空間なのに、明日を思って自分を出すことが

 出来ない。ここではまだ彼女は解放されていない。

 この救いのない状況のやり切れなさは何だろう。

 一体いつになったら自分を取り戻し、人間性を回復することが出来る

 のか。

 しばじゅんはこの難題に正面から取り組み、

 答のない問題なのに、答を出そうともがいているかのようだ。

 
使いたい涙 ぽたり
 毛布の中泳いでしまいたい
 明日目が腫れてしまっても
 ありのままでいたいな
 私になれたらいいな・・・


☆ラストである。

 ここに来てようやくしばじゅんは救済を唄っている。

 これまで「使えなかった」涙を使って、

 毛布の中で泳ぎたい、とは何の比喩か?

 ある意味開き直りとも取られるが、泣いてもいい、目が腫れたって

 いいと、これは虚勢を張って生きている私たちには余りにも優しい

 言葉。

 でも本当にそうなのか?

 しばじゅんはそこまで楽観的ではない。

「ありのままの私」でいいんだ、と言い切れる強さ、言い換えれば無責

 任さは彼女にはない。

 あくまで誠実に問題に立ち向かうしばじゅんは、ありのままでいたい

 な、私になれたらいいな、と願望の形で唄い終えるのだ。

 願望は願望であって、現実ではない。

「もうふのなか」はこのように何とも苦い現状認識で終わる。

 凡百のシンガーのように、無責任な楽観論をぶつことなく、あくまで

 苦い現実と誠実に向き合って苦吟する。

 リアリスト柴田淳の面目躍如といえるダークな歌であるが、最後に楽

 曲の和風なまろやかさが、ずいぶんと苦みを和らげていることを指摘

 しておきたい。

 彼女のバランス感覚が「もうふのなか」の救いのなさをカバーして、

 厳しいのだがどこか優しい、不思議な魅力の歌に仕上げている。

 しばじゅんダークサイドをよく表した、珠玉の小品と言ってよいだろ

 う。

 柴田淳歌詞レビュー一覧はコチラ
posted by ゴルゴ40 at 23:27 | 広島 | Comment(0) | TrackBack(0) | しばじゅんソング歌詞レビュー
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